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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)13267号 判決

第一三二六七号事件・第四六八三号事件原告 株式会社 岡村商店

第一三二六七号事件被告 谷口外次郎 外一名 第四六八三号事件被告 藤巻文武

主文

被告谷口は原告のために、別紙物件目録〈省略〉記載の各物件についていずれも東京法務局練馬出張所昭和三七年一一月七日受付第三三六五〇号をもつてなされている所有権移転仮登記に基く原告に対する所有権移転本登記の申請をせよ。

被告北村、被告藤巻は別紙物件目録記載の各物件について前項の本登記申請をすることを承諾せよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一、当事者が求める裁判

原告

「被告谷口は、別紙物件目録記載の物件について、いずれも東京法務局練馬出張所昭和三七年一一月七日受付第三三六五〇号をもつてなされた所有権移転仮登記に基づく原告に対する所有権移転本登記の申請をせよ。被告北村、被告藤巻は、別紙物件目録記載の物件についていずれも東京法務局練馬出張所昭和三七年一一月七日受付第三三六五〇号をもつてなされた所有権移転仮登記に基づく原告に対する所有権移転本登記の申請をなすことを承諾せよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決。

被告北村、被告藤巻

それぞれ、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)、昭和三七年一〇月二六日、原告は株式会社谷口製作所(以下「谷口製作所」という)と非鉄金属商取引、証書貸付、手形貸付、手形割引契約(以下「本件取引契約」という)を結び、同時に谷口製作所の代表取締役である被告谷口との間で、本件取引契約に基く谷口製作所の債務の連帯保証契約、および本件取引契約に基く債務の不履行を停止条件とする被告谷口所有の別紙物件目録記載の物件(以下「本件土地建物」という)の代物弁済契約(以下「本件代物弁済契約」という)を結び、これに基いて、本件土地建物についていずれも東京法務局練馬出張所昭和三七年一一月七日受付第三三六五〇号をもつて原告に対する所有権移転仮登記(以下「本件仮登記」という)を受けた。

(二)、原告は本件訴を提起した昭和四二年一二月八日当時、本件取引契約に基いて谷口製作所に対して売渡した非鉄金属の売買代金支払いのために振出しを受けた別紙手形目録〈省略〉記載(二)、(三)、(二)の約束所形三通、谷口製作所に対する貸付金の支払いのために裏書、または振出しを受けた別紙手形目録記載の(二)、(三)、(二)、(一四)ないし(一六)を除くその余の手形一〇通、金額計四、八六二、四四一円の手形金債権、および昭和四二年九月二〇日から同年一〇月一三日までの間に八回にわたつて谷口製作所に売渡したアルミ製品の売買代金債権一五五、一七四円、合計五、〇一七、六一五円の債権を有していたが、谷口製作所は昭和四二年一〇月中に倒産し、被告谷口も債権者の追及をのがれるため逃亡し所在不明となり、満期が到来した前記の各手形も全部不渡りとなつた。

(三)、そこで、原告は本件訴状によつて被告谷口に対し、本件土地建物を右債権のうち四、九六二、四四一円の代物弁済に充てる、という意思表示をし、本件訴状は公示送達によつて昭和四三年二月一四日の経過により被告谷口に対する送達の効力を生じたから、これによつて原告は本件土地建物所有権を取得した。

(四)、被告北村は本件土地建物について東京法務局練馬出張所昭和四〇年六月一日受付第二四九三六号停止条件付所有権移転仮登記、同出張所同日受付第二四九三五号根抵当権設定登記、同出張所同日受付第二四九三七号停止条件付賃借権設定仮登記を受け、被告藤巻は本件土地建物について同出張所昭和四二年一二月一三日受付第七一九八九号をもつて右の被告北村の停止条件付所有権移転仮登記の移転付記登記を、同出張所同日受付第七一九八八号をもつて右の被告北村の根抵当権設定登記の一部移転付記登記を、同出張所同日受付第七一九九〇号をもつて右の被告北村の停止条件付賃借権設定仮登記の移転付記登記をそれぞれ受けている。したがつて、被告北村、被告藤巻は原告の本件仮登記に遅れて右各登記を受けたものであり、本件仮登記に基く原告に対する所有権移転本登記をすることを承諾すべき義務がある。

(五)、よつて、原告は被告谷口に対して本件仮登記に基く原告に対する所有権移転の本登記の申請をなすことを求め、被告北村、被告藤巻に対しては右本登記申請をなすことを承諾することを求める。

二、被告北村、被告藤巻の答弁

(一)  請求原因(一)の事実のうち、本件土地建物について原告主張のとおりの仮登記(本件仮登記)がなされていることは認めるが、その余の事実は知らない。

(二)  請求原因(二)の事実は知らない。

(三)  請求原因(三)のうち、原告が本件土地建物の所有権を取得したということは争う。その余の事実は知らない。

(四)  請求原因(四)の事実のうち、被告北村、被告藤巻が本件土地建物について原告主張のとおりの各登記を受けていることは認めるが、被告らに原告主張の承諾義務があるということは争う。

三、被告北村、被告藤巻の抗弁

(一)  原告は、昭和三七年一〇月二六日被告谷口との間で債務不履行を停止条件とする代物弁済契約を結んだと主張するが、原告は同時に被告谷口との間で本件土地建物についての根抵当権設定契約を結び、かつ被告谷口に債務不履行があつた場合に、本件土地建物について根抵当権を実行するか、代物弁済に充当するかの選択権が原告にあることと定めているのであるから、原告主張の代物弁済契約は、停止条件付代物弁済契約ではなく、原告が予約完結権を有する代物弁済一方の予約であり、かつそれは実質的には本件土地建物から原告の債権の優先弁済を受けるための担保権と同視すべきものである。そして、原告の代物弁済一方の予約上の権利が右のように実質的には優先弁済を受けるための担保権に過ぎない以上、原告の権利主張は右の目的達成に必要な範囲内に限られるべきであつて、これを超えて時価六、〇〇三、〇〇〇円の本件土地建物について、原告に対する所有権移転本登記の承諾を被告らに対して求めることはできないものというべきである。

(二)  原告の本件訴状による被告谷口に対する、本件土地建物についての代物弁済予約完結の意思表示が到達の効力を生じるより前である昭和四三年一月一四日、被告北村の代理人弁護士江口保夫、および被告藤巻の両名が原告代表者に対して、被告谷口の原告に対する債務を代位弁済するためその債務額の明示を求めたが、これを拒絶されたので、原告の根抵当権の被担保債権元本極度額である二、〇〇〇、〇〇〇円を弁済のため現実に提供したが、原告代表者はその受領を拒絶した。したがつて、これによつて被告谷口の債務の履行遅滞は解消したから、原告の代物弁済予約完結の意思表示はその効果を生じないものである。

(三)  被告北村、被告藤巻が原告に対してその根抵当権の被担保債権元本極度額である二、〇〇〇、〇〇〇円の弁済提供をしても、根抵当権者である原告が被告谷口に対して有していた債権全額の弁済に足りないため、原告の根抵当権を消滅させる効果を生じないものであつたとしても、被告谷口に対する原告の債権額を知り得ない第三者が根抵当権の被担保債権元本極度額の弁済提供をした以上、抵当債務者である被告谷口の履行遅滞は解消したものというべきである。

四、被告らの抗弁に対する原告の答弁

(一)  抗弁(一)の主張は争う。本件代物弁済契約が、被告ら主張のとおり代物弁済一方の予約と解すべきものであるとしても、原告が代物弁済予約完結の意思表示をした当時、原告の被告谷口に対する債権は元本五、〇一七、六一五円、およびこれに対する昭和四二年一〇月二五日以降の日歩八銭の割合による遅延損害金であり、その額は本件土地建物の価額である六、〇〇三、〇〇〇円と均衡するものであつたから、このような場合には代物弁済としてその所有権を取得できるものというべきである。もつとも、原告は本件訴提起後強制執行によつて一九一、三六五円の弁済を受け、これを前記債権元本の弁済に充当したので債権元本残額は四、八二六、二五〇円となつた。原告が本件土地建物を代物弁済に充てる意思表示を発した後に右の弁済を受けたのは、本件土地建物について原告に対する所有権移転の本登記がなされていない以上、代物弁済による債権消滅の効果が発生していないからである。そして、右のように原告の被告谷口に対する債権元本残額が四、八二六、二五〇円となつたけれども、これに対する昭和四二年一〇月二五日から本件訴訟が完結して原告が本件土地建物について、所有権移転の本登記を受けて、債権消滅の効果が発生するまでの日歩八銭(年二割九分二厘)の割合による遅延損害金を加算すれば、本件土地建物の価額を超過するから、原告が本件土地建物を代物弁済に充てることは認められるべきである。

(二)  抗弁(二)の事実のうち、被告ら主張の頃、江口弁護士、被告藤巻が原告に対して、被告谷口の債務の弁済として二、〇〇〇、〇〇〇円を提供したこと、原告代表者がその受領を拒絶したことは認めるが、その余の事実は否認する。江口弁護士、被告藤巻は、原告の本件土地建物についての根抵当権の被担保債権元本極度額が二、〇〇〇、〇〇〇円であるから、二、〇〇〇、〇〇〇円の支払いと引換えに原告の根抵当権設定登記の抹消を求めるとして、二、〇〇〇、〇〇〇円を提供したものであり、原告は被告谷口に対して前記のとおり五、〇〇〇、〇〇〇円以上の債権を有しており、その全額でなければ受領できないとして、その受領を拒絶したものである。単に、根抵当権の被担保債権元本極度額の弁済提供をしたからといつて、根抵当権設定登記の抹消を請求し得るものでなく、被告藤巻の提供は債務の本旨に従つた弁済の提供とはいえないものであつたから、原告がその受領を拒絶しても、受領遅滞とはならないし、被告谷口の債務の履行遅滞が解消したわけでもない。原告は、被告らが原告主張の被告谷口に対する債権全額の弁済提供をするならば、現在でもこれを受領する意思はある。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

(一)  別紙物件目録記載の物件(本件土地建物)について、原告が東京法務局練馬出張所昭和三七年一一月七日受付第三三六五〇号所有権移転仮登記(本件仮登記)を、被告北村が同出張所昭和四〇年六月一日受付第二四九三六号停止条件付所有権移転仮登記、同出張所同日受付第二四九三五号根抵当権設定登記、同出張所同日受付第二四九三七号停止条件付賃借権設定仮登記を、被告藤巻が同出張所昭和四二年一二月一三日受付第七一九八号をもって右の被告北村の停止条件付所有権移転仮登記の移転付記登記、同出張所同日受付第七一九八八号をもって右の被告北村の根抵当権設定登記の一部移転付記登記、同出張所同日受付第七一九九〇号をもつて右の被告北村の停止条件付賃借権設定仮登記の移転付記登記を、それぞれ受けていることは、原告と被告北村、被告藤巻との間においては争いがなく、原告と被告谷口との間においても、その記載の方式、趣旨から公文書であつて真正に作成されたと認められる甲第三号証の一、二によると、原告が本件土地建物について本件仮登記を受けていることが認められる。

(二)  前掲記の甲第三号証の一、二、および原告と被告北村、被告藤巻との間においてはいずれも真正に作成されたことに争いがなく、原告と被告谷口との間においては、その記載の方式、趣旨から公文書であつて真正に作成されたものと認められる甲第二号証、同第六号証、および原告と全被告との間において、原告代表者本人尋問(第一、二回)の結果によつていずれも真正に作成されたと認められる甲第一号証、同第四号証の二ないし四、同第四号証の七、同第四号証の一〇ないし一三、同第五号証、振出部分を除くその余の部分がいずれも真正に作成されたと認められる甲第四号証の一、同第四号証の五、六、同第四号証の八、九、ならびに原告代表者本人尋問(第一ないし第三回)を合わせて考えると、次の事実が認められる。

原告は、昭和三〇年頃から金属の機械加工を業とする谷口製作所に対し非鉄金属類の販売、およびこれに附随して右会社の営業資金の融資を行つて来た。昭和三七年一〇月二六日、原告と谷口製作所の代表者である被告谷口との間で、原告と谷口製作所との間の継続的な非鉄金属類の販売取引、および手形貸付、手形割引等の方法による貸借取引に因る谷口製作所の原告に対する債務を被告谷口が連帯保証し、右連帯保証債務を担保するため被告谷口はその所有の本件土地建物に被担保債権元本極度額を二、〇〇〇、〇〇〇円とする根抵当権を設定する、保証債務の履行遅滞による遅延損害金は日歩八銭二厘とする、保証債務の不履行の場合には、被告谷口は本件土地建物所有権を代物弁済として原告に移転することを承諾し、根抵当権を実行するか、代物弁済によるかは原告の選択に任かせる、等の定めを含む、期間の定めのない連帯保証、根抵当権設定契約、代物弁済一方の予約を結び、これに基いて、本件土地建物について、東京法務局練馬出張所昭和三七年一一月七日受付第三三六四九号をもって、原告のために被担保債権元本極度額二、〇〇〇、〇〇〇円、遅延損害金日歩八銭二厘とした根抵当権設定登記がなされ、これと同時に本件仮登記がなされた。その後、本件土地建物について、同出張所昭和四二年六月一日受付第三〇二五〇号をもつて、原告の右根抵当権の被担保債権元本極度額を五、〇〇〇、〇〇〇円に変更する登記がなされた。昭和四二年一〇月一八日、原告と谷口製作所の間で、当時原告が谷口製作所に対して有していた、売掛代金支払いのために原告が振出しを受けていた別紙手形目録記載の(二)、(三)、(二)の各約束手形、貸付金支払いのために原告が裏書き、または振出しを受けていた同目録記載の(二)、(三)、(一一)、(一三)を除くその余の各約束手形の金額相当額合計六、六一七、四四一円について、右各約束手形の手形金に相当する金額を、当該約束手形の満期に弁済すること、右弁済を一回でも遅滞したときは、催告を要しないで右債務全額について期限の利益を失う、という債務の弁済に関する合意がなされた。その後、同年一〇月二〇日、原告は谷口製作所から別紙手形目録(一三)の約束手形の振出しを受けて同製作所に対して三九五、〇〇〇円を貸付け、また同年九月二〇日から同年一〇月一三日までの間に、原告は谷口製作所に対してアルミ板等の金属材料代金合計一五五、一七四円を売渡した。

右のように認められる。前掲記の甲第一号証の文言上は、原告との非鉄金属の商品取引、証書貸付、手形貸付、手形割引等の各契約の当事者が被告谷口であり、右各契約に基く被告谷口の債務を担保するため本件土地建物について被担保債権極度額二、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定し、債務不履行の場合には、その債務が右極度額に満たない場合においても、代物弁済として本件土地建物所有権を原告に移転する旨記載されているけれども、原告代表者本人尋問(第一ないし第三回)の結果、および前掲記の甲第六号証によると、原告は昭和三〇年頃以来谷口製作所との間で非鉄金属材料の販売、営業用資金の貸付等の取引を行つてきたが、被告谷口個人との間では右の取引を行つたことはなかつたこと、谷口製作所はその資本の額が昭和二七年九月二日設立から昭和四一年八月七日までは三〇〇、〇〇〇円、同日から一、二〇〇、〇〇〇円となつた従業員数名程度の小規模の会社で、被告谷口のいわゆる個人会社といわれるものであつたことが認められることに照らして考えると、甲第一号証は前記認定を妨げるに足りず、他に前記認定を妨げるに足りる証拠はない。前記認定のとおり、本件代物弁済契約は、被告谷口の債務不履行を停止条件とする代物弁済契約ではなく、被告谷口の債務不履行を停止条件とし、原告が予約完結権を有する代物弁済一方の予約である(以下「本件代物弁済予約」という)。

(三)  前記認定の原告の谷口製作所に対する売買代金債権、貸金債権のうち、昭和四二年一〇月二三日を弁済期とした九五〇、〇〇〇円、昭和四三年一月二五日を弁済期とした四九五、〇〇〇円、同年二月二三日を弁済期とした七〇五、〇〇〇円の各貸金債権が別紙手形目録記載の(一四)ないし(一六)の各約束手形の支払いによつて弁済されたことは原告が自白しているところである。しかしながら、同目録記載のその余の各約束手形の手形金相当額が、その満期に支払われたことについては、何も主張証拠がないから、谷口製作所、およびその連帯保証人たる被告谷口は、昭和四二年一〇月二五日、弁済期が到来した別紙手形目録記載の(一)、(二)の約束手形二通の手形金相当額計五五一、六五四円の履行遅滞によつて、少くとも別紙手形目録記載の(一)ないし(一二)、および(一五)、(一六)の各約束手形の手形金の合計に相当する五、六六七、四四一円の原告に対する債務について期限の利益を喪失し、履行遅滞に陥つたものということができる(右のうち別紙手形目録記載の(一五)、(一六)、約束手形の手形金相当額計一、二〇〇、〇〇〇円が後に支払われたことは前記のとおりである)。

(四)  原告が本件訴状によつて被告谷口に対して、本件土地建物を原告の同被告に対する四、九六二、四四一円の債権の代物弁済に充てる、という本件代物弁済予約完結の意思表示を発し、これが公示送達によつて、昭和四三年二月一四日、被告谷口に対する送達の効力を生じたことは本件記録によつて明かである。

(五)  被告北村、同藤巻は、昭和四三年一月一四日、被告北村の代理人江口弁護士と被告藤巻が原告代表者に対して、原告の被告谷口に対する債権額の明示を求めたが、これを拒絶されたので、原告の本件土地建物についての根抵当権の被担保債権元本極度額である二、〇〇〇、〇〇〇円を代位弁済のため現実に提供したが、原告代表者が受領を拒絶したので、これによつて被告谷口の原告に対する債務の履行遅滞は解消した、と主張し、被告らの右主張の日に、江口弁護士、被告藤巻の両名が原告代表者に対して、右主張のとおりの金員を弁済提供し、原告代表者がその受領を拒絶したことは、原告と被告北村、同藤巻との間においては争いがない。そして、原告代表者本人尋問(第一回)の結果によると、右弁済提供をした際、江口弁護士、被告藤巻が原告代表者に対して、原告の被告谷口に対する債権額を尋ねたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、他方、原告代表者が右の際に、原告の被告谷口に対する債権額を明示したことを認めるに足りる証拠はない。しかしながら、本件記録によると、被告北村に対して、本件訴状が昭和四二年一二月一九日送達されたことが明らかであることからすれば、右弁済提供をした際、被告北村の代理人たる江口弁護士は、原告が被告谷口に対して四、九六二、四四一円の債権を有する旨主張していることを知つていたと認めるのが相当であり、かつ前記(二)認定事実、前記(三)の原告の自白事実、および前掲記の甲第二号証によると、昭和四三年一月一四日当時、原告は谷口製作所の連帯保証人である被告谷口に対して六、一七六、六一五円の債権を有していたことが認められること、これに対して、被告北村代理人江口弁護士、被告藤巻が、原告代表者が原告の被告谷口に対する債権額を明示さえすれば、その弁済提供をする意思があり、かつその準備をしていたことを認めるに足りる証拠はないことからすれば、被告北村代理人江口弁護士、被告藤巻が行つた前記二、〇〇〇、〇〇〇円の代位弁済提供をもつて、債務の本旨に従つた提供ということはできないから、その受領拒絶によつて、被告谷口の原告に対する債務の履行遅滞は解消した、という被告らの前記の主張は採用できない。

(六)  そこで、前記(四)認定の、原告の代物弁済予約完結の意思表示の効力について考える。

(1)  前記(二)認定事実によると、

本件代物弁済予約は、原告と被告谷口間の前記認定の連帯保証契約に基く原告の債権を、本件土地建物から優先弁済を受けることを目的とした担保権と同視すべきである。しかしながら、その優先弁済を受けるべき債権の範囲は、前記認定のとおり本件代物弁済予約が、被担保債権元本極度額を二、〇〇〇、〇〇〇円とした本件土地建物についての根抵当権設定契約と同時に締結され、かつ同時にその登記がなされたものであるからといつて、右根抵当権の被担保債権元本極度額と同額に限定されるものではなく、前記認定の連帯保証契約に基く債権の全額についてであると解するのが相当である。

(2)  真正に作成されたことに争いのない乙第二号証によると、被告藤巻が東京地方裁判所昭和四三年(ケ)第六四号事件として、本件土地建物ほか一筆の土地について任意競売を申立て、昭和四三年二月二九日、右物件について競売開始決定がなされたことが認められる。このように、代物弁済予約の目的物について他の債権者による換価弁済のための手続が開始されたときは、原則としては、代物弁済予約権者も、右換価手続に参加してその債権の優先弁済を受け得るに過ぎなくなるものと解すべきである。しかしながら、本件口頭弁論終結時において、原告と被告北村、被告藤巻間においては、本件土地建物の価額が六、〇〇三、〇〇〇円であることに争いがなく、原告と被告谷口間についても、その記載の形式、内容から真正に作成されたと認められる乙第一号証の一、二によつて、本件土地建物の適正な評価額が六、〇〇三、〇〇〇円であると認められるのに対し、前記(二)、(三)の認定事実と前掲記の甲第二号証によると、原告の被告谷口に対する本件口頭弁論終結時における、本件代物弁済予約によつて担保される債権額は別紙計算書〈省略〉記載のとおり(前記(二)認定の原告の谷口製作所に対する昭和四二年九月二〇日から同年一〇月一三日までの間の売買代金一五五、一七四円については、約定弁済期の主張、証拠がないから、本件訴状の被告谷口に対する送達によつて、その弁済期が到来したものとした。遅延損害金の割合は、前記認定の約定と本件における原告の主張の範囲内である日歩八銭の割合とした)元本四、八二六、二五〇円、遅延損害金三、四三三、九七七円合計八、二六〇、〇二七円となり、本件土地建物の評価額を超えている。このような場合には、前記の原則にかかわらず、代物弁済による優先弁済を認める(勿論、代物弁済予約権者がみずから代物弁済を主張する以上、その債権額のうち目的物件の評価額を超える分についても、代物弁済によつて消滅する)のが相当であると考える。

(3)  してみると、前記(四)認定の原告の本件代物弁済予約完結権の行使によつて、本件土地建物所有権は原告に帰属したものであり、本件仮登記に遅れる本件土地建物についての登記上の権利者である被告北村、被告藤巻は、本件仮登記に基く原告に対する所有権移転本登記を承諾すべき義務があるというべきである。

結論

以上のとおりであるから、被告谷口に対して本件土地建物についての本件仮登記に基く原告に対する所有権移転本登記の申請を、被告北村、同藤巻に対して右本登記申請に対する承諾を求める原告の本件請求は理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺井忠)

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